ピックアップレーサー
PROFILE
同級生だった山崎祥に影響を受けこの世界へ
山崎祥(125期)が高校の同級生です。ボートのことは全く知らなかったけど、山崎が試験を受けると聞いて、初めて見に行った時に「走る人になりたい」と思い、部活(野球)が終わって受け始めて試験は2回目で合格。ただ、山崎はフェンシングをやっていて、その道で大学に行くからと一緒に試験は受けてないんです。だから僕の方が先に選手になりました。養成所の1年間は濃かったですね。ボートに乗り始めてすぐくらいに、帰されそうになったこともあって。奇跡的に生き残ってそのまま。成績はずっと真ん中あたりでした。
師匠は原田篤志さん。僕が選手になると言ったら、原田さんの娘さんと知り合いだった子が会う機会を作ってくれて、原田さんはその場で「俺が面倒みるから」って言ってくださいました。デビューしたばかりの頃は怒られても何を言っているのか分からなかったんですが、最近になって、これで怒られていたのか…と分かってきましたね。当時は理解していなかったので。もちろん今は感謝してますよ。
時間をかけて見つけた自分のスタイル
ずっとどうやったら勝てるのかって悩んでいて、すごく色んなことをしてきました。色んなことを知ったうえで、レーススタイルとか調整とか自分に合うのが分かってきて、それをやりだしたら成績がまとまりだしました。苦戦して帰る節が少なくなって、それでA級に上がれたのかな。エンジンが出るというより、自分に合っていてレースがしやすい。そっちの方が成績もまとまってきたんです。昔はエンジンを出さないといけないと思っていました。山口支部の選手はエンジンを出す人が多いので。技術的に前よりはうまくなっていると思うけど、そこはまだまだ。スタートも下手なんですが、いつも劣勢な位置からまとめられるようになったので成績も上がったんだと思います。
記念(G2戦)は何節か走ってますけど勝てないですね。自分の弱点のスタートの下手さがめちゃくちゃ目立ちます。人に聞いてもスタートの早い人って何を言っているのか分からないんですよ。なのでやっぱり自分で悩んで解決するしかないのかなと。そのためにフライングは切らないでいっぱいスタートする。これを心がけています。
小池哲也さんのアドバイスが大きかった初優勝
初優勝の尼崎は、昔からかわいがってくれていた小池哲也さんがいたんですよ。僕の枠と着取りをみて「今節は優勝できるぞ」って言ってくれて。「こういう時に自分にスイッチを入れて取り組めば優勝できるけど、点数(勝率)に貯金ができた…とかちょっとでも思ったら優勝できないぞ」って。この小池さんのアドバイスが本当に大きかったですね。ただ、途中で失敗して予選トップを逃して2位からだったので、優勝はできたけど、ずっとモヤモヤしていたんですよ。そうしたら2回目の平和島では予選トップからだったので、ようやく優勝した感じがしました。僕の中で優勝は予選トップになって、準優、優勝戦と逃げてやっと優勝なので。
目標はヤングダービーに出ること。今年(2026年)の開催地は走る機会が多い若松だったので出たかったんですが、間に合いませんでした。誕生日が早いので来年がもう、ラストチャンスなんですが、来年こそヤングダービーには出てみたいですね。
